中田吉光、青森大学男子新体操チームの歴史、魅力、感動の動画も。

美人ぞろいのフェアリージャパンに代表されるように、新体操といえば女子のスポーツ。

 

そんな先入観を抱きがちですが、実は男子新体操が熱い!

出典:nippon.com

中田吉光・男子新体操界を牽引する名将

出典:青森大学新体操部HP

 

中田吉光さんのプロフィール

1966年1月 青森県生まれ

国士舘大学体育学部体育学科卒業

 

1986・1987年 全日本新体操選手権大会優勝

1985年 ギムナストラーダ西ドイツ大会優秀チーム

1987年 ギムナストラーダデンマーク大会優秀チーム

1989年 香川県立坂出工業高校監督

全国高校総体、全国高校選抜、国体等の全国大会で優勝5回、準優勝10回

 

2002年 青森大学の監督に就任

2011年 日本体操協会男子新体操委員会委員長

2016年8月  第68回 全日本学生新体操選手権大会で15連覇を達成

2016年11月 第69回 全日本新体操選手権大会で3連覇を達成(通算12度目の優勝)

 

男子新体操の現状

男子新体操発祥の地はなんと日本。

競技人口は、日本全国で約1000人。

かつては国体競技でもあったが、2008年を最後に種目から外れ休止となる。

国際体操連盟(FIG)からも競技種目として認められていない。

 

正直言ってマイナー競技です。

 

しかし、中田さんを始めとした協会が海外に指導者を派遣するなど普及のための努力を続けている。

 

その結果、徐々に国際的にも認知度が上がり、

日本、マレーシア、韓国、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ロシアなどで競技が広がっています。

 

オリンピックの正式種目としての採用を目指し、2016年リオ五輪の閉会式で、次期開催地である東京大会への引継ぎセレモニーでに青森大学男子新体操部員が素晴らしいダンスパフォーマンスを披露しました。

 

オリンピック正式種目への道はまだまだ遠そうですが、いつの日かその悲願が達成されることを期待しています。

 

中田吉光さんが男子新体操を始めたきっかけ

1966年生まれといえば、まだONが現役時代の頃で、男の子の遊びといえば野球という時代。

中田吉光少年も野球少年だったようです。

 

そんな中田吉光少年が新体操と巡り合ったのは中学1年生の時。

その後の努力の甲斐あって、全日本チャンピオンまで登りつめました。

 

しかし、男子新体操の知名度は低く、男子がやるスポーツではないというイメージが強く、「男子がレオタード着て踊るのか?気持ち悪い」と言われることもあったようです。

 

今でこそ、男子がダンスを踊ることに違和感を覚えるどころか、ダンサーを「かっこいい」と認知されるようになりましたが、昭和の時代はそうではなかったのです。

 

中田吉光さんがなぜ青森大学の監督となったのか

高校教師として男子新体操部の顧問として全国トップの強豪に育て上げるなどの大活躍をしていた中田吉光さんが、なぜ青森大区へと指導の場を変えたのか?。

 

それこそが、マイナー競技への危機感からでした。

 

このままでは競技として成り立たなくなってしまう。

男子新体操の未来を創るため、大学で指導しながら男子新体操界の改革に取り組み始めました。

 

わずか3人の同好会から始まった青森大学での挑戦から、現在では、大学生のみならず、大学OBやプロダンサーから高校生、さらにまでもキッズチーム含めての男子新体操チームを組織化して、男子新体操の魅力を世の中に広めるために日々活動しています。

 

田中吉光さんが指導する男子新体操チーム

青森大学新体操部

「BLUE TOKYO」:青森大学新体操部のOBで作るプロ集団

「BLUE TOKYO KIDS」:男子新体操のキッズチーム

「Team BLUE」:キッズ、高校、大学、プロ、という青森発祥の男子新体操チーム

毎年2月にはTeamBLUEとして舞台「BLUE」を公演しています。

 

男子新体操の動画

ダイナミックでアクロバティックな男子新体操の魅力を動画でどうぞ!

完璧なシンクロに感動すること間違いなし!!

 

イッセイ ミヤケ主催

 

ドキュメンタリー映画「FLYING BODIES」予告編

 

 


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