鬼塚創・播州織で西脇市の産地復活!通販購入方法は?

「播州織」をご存知でしょうか?

この播州織で織物の産地復活させた若者を紹介します。

 

播州織

江戸時代中期の寛政4(1792)年に京都西陣から織物の技術を持ち帰ったのが起源と伝えられています。

その後、農家の副業として、兵庫県西脇市を中心に北播磨地域で生産されたため、「播州織」と称されるようになりました。

播州織は、まず先に糸を染め、染め上った糸を使って織りあげるという「先染織物」という手法。

自然な風合い、豊かな色彩が魅力で、カジュアルシャツなどでよく見かける、チェックやストライプの縞柄や、シャツやハンカチ、テーブルクロスなど様々な製品に加工されています。

 

ちなみに、織ったあとから生地を染める手法を後染織物といいます。

 

播州織の現状

播州織は、国内の先染織物では70%以上のシェアを占めていますが、その生産量は、1987年をピークに減少を続け、2016年にはピーク時の10分の1以下にまで落ち込んでいます。

 

また、輸出品の割合もピーク時には約60%を超えていましたが、平成28年には約15%にまで減っています。

 

西脇ファッション都市構想

そんな現状に対して、熟練職人の高齢化による減少を危惧する西脇市が、「産地復活」を目指した、西脇ファッション都市構想のデザイナー育成支援事業を始めます。

若いデザイナーを西脇市に移住してもらい、熟練の職人と組み合わせることで、播州織に新しい魅力を加えるとともに技術の伝承を目指しています。

デザイナー育成事業を立ち上げるにあたり「播州織産地にデザイナーを呼ぼう」と西脇市長が全国のデザイン専門学校などを回って人材を募ります。

 

そして、BFGU(文化ファッション大学院大学)を訪問した際に、感銘を受けたのが鬼塚創さん。

引用:nishiwaki-fashion.com

鬼塚さんは、播州織を使ったブランド「hatsutoki(ハツトキ)」の存在を知り、自分でブランドを立ち上げて続けていくという夢を実現するためには、その産地に入ることが一番の近道だと思い、西脇で働くことを決意します。

やりたいことは東京にいても産地にいても同じ。

それなら行ってみよう。

 

鬼塚さんが語る播州織の魅力は

播州織は薄手の綿織物なので、糸や素材の選び方で表情が変わるため、「らしさ」にとらわれない自由度の高さ。

様々な要望に応えられるだけの技術力の高さで、何でもつくることができる。

現在、鬼塚さんと同じように全国から有望なデザイナーが集まっています。

 

今、西脇には播州織の魅力に惹かれ、新しい何かを始めようという人が集まってきています。

はっきりとした目的を持って西脇に来るなら、とっても良い選択だと思います。

(鬼塚さん)


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