大和心トレーナー【早すぎるタオルはない】山中初黒星だが、選手の安全が最優先

ボクシングの大和トレーナーが、山中慎介選手の、防衛日本記録がかかった試合でタオルを投入。

中山選手は防衛記録を途絶えさせ、プロ入り初黒星を喫しました。

このタオル投入について賛否両論巻き起こっています。

大和 心(やまと しん)

引用:www.ntv.co.jp
生年月日 1975年7月9日(2017年8月現在、42歳)
出身地 神奈川県横須賀市
高校 横浜高等学校卒業
アマチュア時代 36戦31勝(9KO・RSC)5敗
プロ時代 24戦16勝(4KO)4敗4分
第57代日本バンタム級王者
第24代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者
所属 帝拳

元プロボクサーだった父親の影響で、小学5年でボクシングジムに通いはじめました。

1993年 横浜高校時代には、関東大会で優勝し、全日本高校フライ級6位となりました。

高校卒業後、1994年6月に帝拳ジムからスーパーフライ級でプロデビューします。

第57代日本バンタム級王者、第24代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者など実績を重ね、WBC世界スーパーバンタム級で10位にランクされるまでになりましたが、結局世界戦の夢はかなわず、2001年に現役を引退します。

引退後は一時期タレント活動をしますが、プロボクシングの世界にトレーナーとして戻ることを決意。

2006年より帝拳ボクシングジムでトレーナーとして復帰をします。

そのとき、初めて担当したのが山中慎介選手でした。

引用:blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp

その後も、多くの選手を育て上げトレーナーとしての名声を高めていきました。

2009年11月7日には、第一子が誕生し、公私ともに充実した生活を送っていました。

ところが、そんな大和トレーナーに衝撃の事故が起こります。

 

辻 昌建(つじ まさたて)

生年月日 1978年(昭和53年)11月16日
出身地 広島県広島市
高校 広島県崇徳高等学校
大学 法政大学卒業
階級 ミニマム級
身長 160cm
アマチュア時代 50戦31勝 (10KO・RSC) 19敗
プロ時代 16戦12勝 (3KO) 2敗 (1KO) 2分

大和トレーナーが担当していた有望選手だった、辻選手。

苦労しながら一歩ずつ階段を登り、2009年3月21日、30歳にしてチャンピオンカーニバルで行われた日本ミニマム級王座決定戦で、日本ランク1位の辻選手は、日本ランク3位の金光佑治と対戦します。

勝てば念願の日本タイトルというこの一戦は、開始とともに激しい打ち合いとなり、最終回に辻選手はロープダウン。

そのままテンカウントとなり、KO負けとなりました。

しかし、その直後に辻選手はリング上で意識を失ってしまいます。

救急車で救急搬送された病院での診断は

急性硬膜下血腫

急性硬膜下血腫とは

頭蓋骨のすぐ内側にあり、頭蓋内で脳を覆っている硬膜の内側で、脳の表面に出血が起きる。

そして、出血した血液が硬膜の直下で脳と硬膜の間に溜り、短時間のうちにゼリー状にかたまって、脳を圧迫している状態を急性硬膜下血腫といいます。

血腫の厚さが1cm以上が手術の目安となり、昏睡状態の重症急性硬膜下血腫の死亡率は70%と報告されています。

 

辻選手は緊急の開頭手術を受けたが、ついに意識が戻らないまま、3日後の3月24日に帰らぬ人となりました。

この試合は、後に「レフェリーがもっと早めにストップすべきだった」と批判され、同時にセコンドを務めた大和さんも「なぜタオルを投げなかったのか」と批判を受けました。

 

当時の大和トレーナーの苦悩は知るすべもありません。

そして、その後も国内のリングでは死亡事故が起こっています。

 

2010年2月19日
フライ級8回戦に8RTKO負けした八巻裕一(野口)が急性硬膜下血腫により、3日後の22日に死亡。

2013年12月20日
スーパーフライ級4回戦のデビュー戦に4RTKO負けした21歳の岡田哲慎(ランド)が急性硬膜下出血により、2014年1月6日に死亡。

 

JBC(日本ボクシング協会)発足後、1952年に初の死亡事故が起こって以来、38件の死亡事故が起こっています。
※練習中の事故は除く。

約65年間で38件ですから、2年に1件は起こっていることになります。

 

1977年には1年間で5件もの死亡事故が起こり、徐々に安全対策を様々なに検討されてきましたが、それでも死亡事故根絶には至っていません。

そして、現在の潮流としては

遅すぎるタオルはあるが、

早すぎるタオルはない

 

幸いにも2013年の事故を最後に3年半以上に渡って死亡事故は起きていませが、大和トレーナーの頭の中には、常にこのことがあったであろうと思われます。

 

ある名トレーナーの言葉

選手を安全に家族に返すことがトレーナーとしての最も大事な仕事である

タオルが早すぎたと批判することは簡単ですが、万が一のことがあった時に、その人たちに責任をとる覚悟があるのか?

私はボクシングの専門家ではないのですが、明らかに挑戦者は飛ばしていたので、あの場面を何とかクリンチで時間稼ぎをして逃げきれれば、後半に逆転のチャンスは十分にあると思ってみていました。

仮にその通りだとしても、一番近くで見ているトレーナーの判断は誰よりも適切なものだと信じます。

ある試合でやはり周囲のものが「タオルが早すぎる」と批判した試合の後に、敗れた選手が

「自分としてはまだいけると思っていた。でも、トレーナーがそう判断したのであれば正しかったのだと思います」

 

山中選手も当然のように大和トレーナーを非難するようなことはありませんでした。

 

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