柏原竜二・山の神の現在の仕事。彼女は?結婚は?

大学時代に山の神と呼ばれた若者が競技生活を引退して数か月。

今現在は何をしているのでしょうか?

そして、改めて大学時代の快走を振り返ってみましょう。

柏原 竜二(かしわばら りゅうじ)

出典:sports.yahoo.co.jp
生年月日 1989年7月13日(2017年8月現在、28歳)
出身地 福島県いわき市
愛称 かっしー
中学 内郷第一中学校
高校 福島県立いわき総合高等学校
大学 東洋大学経済学部卒業
身長 174cm
体重 55kg

自己ベスト記録

3000m 8分10秒44(2009年)
5000m 13分46秒29(2009年)
10000m 28分20秒99(2009年)
ハーフマラソン 1時間03分16秒(2009年)
マラソン 2時間20分45秒(2015年)

中学入学から本格的に陸上競技を始め、中学3年のときには全国中学校選手権に3000mで出場しましたが、特別に注目を集めるような選手ではなかったようです。

それは高校時代も同じで、インターハイ、国体、全国高校駅伝のいずれにも出場することがありませんでした。

普通であれば、そこで競技者としては見切りをつけてもおかしくはなかったのですが、柏原選手はここから急速に記録を伸ばし始めます。

実はそれまでの柏原選手は、貧血体質で、それが原因となって後半に失速するレースが多かったのです。

薬の服用と食生活の改善によって貧血体質が改善されると同時に記録が伸び始めます。

そして、ついに2008年の全国都道府県対抗男子駅伝競走大会(ひろしま男子駅伝)に出場を果たし、1区区間賞を獲得するのです。

ついにその長距離ランナーとしての才能が開花した瞬間でした。

 

箱根駅伝の「山の神」

大学時代には

世界ジュニア陸上競技選手権大会10000m7位

ユニバーシアード10000m8位

など数々の記録を残しましたが、何と言っても柏原さんの名を一躍全国的なスタートしたのは箱根駅伝での大活躍。

人呼んで「山の神」

箱根駅伝10区間の中で最も過酷とされる山登りの5区で驚異の快走を演じます。

大学1年生

2009年1月2日、第85回箱根駅伝の5区(23.4km)

タスキを受けた時点でのトップとの差は4分58秒差の9位。

柏原選手は、2007年に今井正人が残した区間記録を47秒更新する走りで前を走る8校をごぼう抜き。

トップに躍り出た柏原選手はそのまま往路優勝のテープを切ります。

東洋大学は初の総合優勝を果たしました。

大学2年生

2010年1月2日、第86回箱根駅伝の5区。

タスキを受けた時点でのトップとの差は4分26秒差の7位。

柏原選手は、昨年自身の打ちたてた区間記録を10秒更新する快走で、6人ごぼう抜き。

13km地点でトップに躍り出た柏原選手は、2位の山梨学院大学には3分36秒の大差をつけて往路優勝のテープを切ります。

東洋大学は2年連続で総合優勝を果たしました。

大学3年生

2011年1月2日、第87回箱根駅伝の5区。

タスキを受けた時点でのトップとの差は2分54秒差の3位。

柏原選手は、昨年自身の打ちたてた区間記録に45秒及ばないながらも、16kmすぎにトップに立ちそのままゴール、3年連続往路優勝を達成しました。

東洋大学は復路で逆転を許して総合2位となりました。

大学4年生

最後の箱根駅伝となる2012年1月2日、第88回箱根駅伝で4年連続の5区。

4回目にして初めて首位で襷を受け取ると、2010年に作った自身の区間記録1時間17分8秒を、29秒も上回る1時間16分39秒で走り切る独走。

見事に、4年連続往路優勝を果たしました。

なんと、4年連続で往路優勝のゴールテープを切りました。

長い箱根駅伝の歴史で柏原選手だけが成し遂げた大記録です。

東洋大学は箱根駅伝総合優勝を大会新記録で果たしました。

 

また、4年連続の区間賞は史上8人目。

同一区間での4年連続区間賞は、35年ぶり2人目です。

ちなみに、5区区間記録の1~4位が柏原選手の1~4年の記録です。

当時の活躍を柏原選手は

「自分の前を走っている選手を、とにかく抜いていくだけでした」

また当時、中継車に乗っていた瀬古利彦氏は、柏原の走りについて

「柏原君のフォームは、肩を『グッ、グッ』と使って、前方に体を進めていく。

グッ、グッっていう推進力が素晴らしくて、本当に山上りに適したフォームだったんです」

 
次のページでは、社会人時代のマラソン挑戦から引退、現在の仕事についてです。


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