柏原竜二・山の神の現在の仕事。彼女は?結婚は?

社会人時代・マラソンへの挑戦

2012年4月1日に富士通に入社します。

山の神は周囲から低迷していた男子マラソンの救世主として大きな期待を集めていました。

柏原選手も目標を当初からマラソンに定め、1ヵ月100km以上の練習をこなしていました。

1万m、ハーフマラソンでのスピードを磨いてから、そのスピードを維持したまま距離を延ばしていき、2時間5分を目指してオリンピックを最大の目標としていました。

しかし、実業団に入ってからの記録は伸び悩みます。

当時はSNSが流行し始めたころで、普通に生活をしているだけでも、

『柏原が何を買っていた』

『柏原が何を食べていた』

時には、盗撮された画像がSNSにアップされるようになりました。

次第に他人が怖くなり、練習にも集中できなくなってきてしまったといいます。

一時は、電車にも乗りたくないという状態だったそうです。

 

当時の自分を振り返って柏原選手は

『自分には状況を冷静に見極めるための芯がなかった』

練習に集中できず、記録が伸びないと「練習量が足りない」と批判をされ、柏原選手自身も「マラソンは練習量を積まないと」と自分自身を追い込んでしまいました。

結局、オーバーワークが原因でアキレス腱を痛めたことで、約5ヵ月間走れなくなってから、走りの感覚が狂い始めてしまいます。

「記録が伸びない原因が練習量にあったのか、フォームにあったのか、食事にあったのかわからなくなってしまったんです」

 

アキレス腱の痛みを引きずって低迷したものの、徐々にマラソン挑戦に向けて体調を整え、練習を再開します。

柏原選手が、マラソンへ初挑戦したのが、2015年9月シドニーでした。

初のフルマラソンは、走り2時間20分44秒で7位。

山の神の初マラソンということで、柏原選手の状態を把握していない周囲は、「あの柏原ならば初マラソンでも、サブテン(2時間10分を切るタイム)を達成するのではないか」と期待を集めていました。

そして、2時間20分という結果は本人も到底納得できるものではありません。

 

その後も、マラソン再挑戦のために練習を重ねますが、再びケガが悪化してしまいます。

2016年3月、2度目の挑戦となったびわ湖毎日マラソンは、2時間22分15秒で52位という結果でした。

レース後、「これからの1年で大きなケガをしたらやめる」と心に決めました。

ところが、その後、仙腸関節を痛めてしまい、痛みから前屈ができないような状態が続きます。

全日本実業団駅伝もメンバーからも外れ、

「この1年はマラソンだけに集中するんだ」

と覚悟を決めて練習を続けましたが、冬のマラソン合宿で仙腸関節の他に、再びアキレス腱を痛めてしまいます。

 

自分の現状は、とてもマラソン練習ができる状態ではない。

もう引退しよう。

27歳は、マラソン選手としてはまだまだこれからという年齢。

当然、福嶋監督からは引退を慰留されます。

駅伝を走るだけなら、そこそこ走れるかもしれない。

エース区間でなければ、区間10位以内で走れる力はまだ残っているだろう。

そう考えることもあったといいますが、

僕が富士通に入ってやりたかったのはマラソンなんだ

それは違う、駅伝に逃げてはいけない

こうして、日本の正月を4年間に渡って沸かせた「山の神」は、ついに引退を決意しました。

2017年4月3日に現役引退を発表しました。

 

柏原竜二の双子の兄弟

ところで、柏原竜二選手は双子の弟で、お兄さんもやはり優秀な長距離ランナーなのです。

6人兄弟で、双子の兄を含む兄4人と妹1人の五男が竜二さんなのです。

今どき珍しい大家族ですね。

双子のお兄さんは

柏原研二(かしわばら けんじ)さん。

高校から陸上を始め、勿来工業高校3年生のふくしま駅伝では12区で区間賞を獲得しています。

高校卒業後は、実業団駅伝の名門日立電線の選手として活動。

 

柏原竜二の彼女と結婚

選手として引退をしたのであれば、彼女の存在や結婚が気になるところですが、現在のところ少なくとも表立ってそのような噂はありません。

少し自分の時間を持てるようになったでしょうし、そんな話が聞かれるのも近いかもしれませんね。

 

引退後の仕事

山の神の引退がニュースで報じられて以降、その早すぎる引退を惜しむ声があふれました。

周囲からは、かなり悩んでから引退を決断したと勘違いされがちですが、『昨季の1年でケガをしたら、結果が出なかったらやめよう』という想いでやっていたので、ズルズルと競技生活への未練を引っ張ることはなかったですね。

自分の中では、東京五輪を目指すことよりも、引退後の人生のほうに気持ちが向いていたんです。

今は、競技者としての経験を会社にどう還元するか、日々考えています

 

引退後も会社に残り、富士通の強化運動部のPR活動をメインにサラリーマンとして仕事をしています。

陸上部、女子バスケットボール部、アメリカンフットボール部のPR活動やサポート活動。

そして、アメリカンフットボールチーム「富士通フロンティアーズ」のマネージャーに就任しました。

陸上教室やゲストランナーなども、依頼があれば可能な限り対応しているようです。

自分から現場に足を運び、競技の良さや厳しさ、実情を伝えていきたい

表舞台から去った山の神は、裏方としてスポーツ選手のサポートに励んでいます。


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